明日天気になあれ
それは、ざんざん降りの雨続きの月のことでした。そうっと、ゆうまくんは教室の窓の外を覗きました。広い校庭の向こうの方には高い錆びた柵があって、その向こうには小川が流れていて、その奥には暗い、暗い、「踏まずの森」がありました。そこには誰も入ってはいけないと先生たちが口を酸っぱくして言ったものですから、もちろん、ゆうまくんも、ゆうまくんのお友だちも、ちゃあんとその教えを守っていました。もうそろそろお家に帰れる時間です。帰りの会が終わって、下駄箱からお靴を出した時、佐藤先生がたくさんのプリントを持って通りかかりました。ゆうまくんは、ちょっとそわそわしながら先生の近くへ行って話しかけました。
「ね、せんせ、」
「あら、ゆうまくん、どうしたの」
「あめ、やむかなあ」
ゆうまくんがあまりに不安そうな顔をしていたので、先生はニコッと笑いました。こういう時、ニコッとするのが先生の中では一番良い方法だったのです。
「止むといいねえ。明日の運動会、晴れるといいね、お天道様にお願いしましょ」
「うん。せんせ、さようなら」
「はい、さようなら、また明日」
先生はプリントの束をよっこいしょと抱き直して、職員室の方へ行ってしまいましたので、ゆうまくんは仕方なく上履きをしまって、お靴を履いて、黄色い雨傘をさしました。
踏まずの森の小川には、河童が住んでいました。ちいさい河童は去年、運動会を柵の外側から見てとても楽しそうだったので、あの黄色い傘をさした男の子がお天気を気にしていたのがよく分かっていました。
「ねえ、おっかさん。ウンドウカイはできるのかな?」
「人間の遊びなんかどうでもいいでしょう、さあ、もう寝ぐらにお行き」
ちいさい河童は少し嫌な顔をしましたが、おっかさんは怒ると怖いのでいそいそと寝ぐらへ行きましたが、どうにも眠れません。
「ああ、ウンドウカイの日に雨が降らないように、人間の子どもと同じおまじないをしなくちゃ」
そろりと寝ぐらを抜け出して、ちいさい河童は川の水を少し浴びて、身体が湿ったところで人間の子どもに化けました。まだ明るいし、きっと、センセイもぼくのことをあやしまないだろう。
柵の下には隙間がありましたので、そこへ身体をむりやり押し込んで、ちいさい河童は広い校庭に出ました。そして小学校の入り口へ行って、そっと靴を脱いであがりました。すぐ近くのお部屋に、白いお洋服の、優しそうな女のセンセイがいます。ちいさい河童は、ここにいる大人の人間がみんな「センセイ」と呼ばれているのをちゃあんと覚えていました。
「ねえ、センセイ」
「わっ、ごめんなさいね。びっくりしちゃった。どうしたの?どろだらけじゃない」
「ちりがみ。ね。ちりがみを、少し分けてください」
ちいさい河童はすこしあせってしまって、早口になりました。センセイはびっくりしているようでしたが、ポケットからティッシュを出して、渡してくれました。その時、先生はこの男の子の手に、何かキラッと光るガラスのようなものが何枚か見えたので心配になりました。
「どうぞ、怪我はしてない?消毒する?」
「あ、ありがとう、だいじょうぶ!」
ちいさい河童はティッシュを貰うと、タッと走ってお部屋を出て、校舎を出て、また柵の隙間によいしょと身体を押し込んで寝ぐらへ戻りました。そして、てるてるぼうずを作って、校庭の柵の、雨の当たらないところへ三つぶらさげました。
「これで、きっと、ウンドウカイは、だいじょうぶ」
ちいさい河童は、やっとぐっすりと眠ることができたのでした。
次の日の朝、とってもよく晴れたのでゆうまくんはとてもよろこんで、お母さんの作ったお弁当を持って学校へ急ぎました。今日は運動会ですから、登校も体操着です。学校へ着くと、佐藤先生が校庭に白線を引いていました。
「せんせ、おはようございます、はれたね、うれしいな」
「ゆうまくん、おはよう。ねえ、あれは、ゆうまくんが作ったのかな?」
先生が指差した踏まずの森の柵には、てるてるぼうずが三つぶら下がっていました。
「ううん、ちがうよ。きのう、ぼくはまっすぐおうちにかえったから」
「そうなのね。じゃあ、誰が作ってくれたのかしら。きっとてるてるぼうずが晴らしてくれたのね」
先生はとても怪訝そうな顔をして、踏まずの森の方向をみましたが、いつもとおなじように、暗い暗い森が広がっていて、その前に小川がサラサラと流れているだけでした。