ひかりのなかで

あたたかくて穏やか

動けない日

 

何もできないどころか、ベッドから動けない日がある。会社にすら行けなくなった。気にし過ぎても仕方がないので、動かないままでいる。不健康だけど、仕方がない。

 

強制的に眠らせていた身体が突如として電源オフになるような感覚。三日間、15時間以上の眠り。まどろみの中で見る夢。上下にエレベーターが昇っては降り、遥か昔の男たちが乗っては降りる。片手を挙げ明るく乗ってきた人も、疲れ果てた顔をした人も、何を見ているか分からない目の人も、皆顔を伏せて降りていく。すべての誘いを断ったのだ。いまのわたしには相応しくない。通り過ぎて行ったことはもうおしまいで、わたしにとっては知らない人も同然なのだ。過去は遥か遠く、もう終わったこと。

 

最後に降りていった人の、吸い込まれそうな薄茶色の目からは前と同じようになにも読み取ることは出来なかった。憂えてもいない、怒りもしないその瞳の奥になにを隠しているのか知りたかった。でも何もないということをわたしはすでに知っていた。側にいるべきではない。

 

飼い主に寄り添って離れないバカで愛らしいレトリバー犬のような恋人を持ったとしても、わたしは永遠に孤独なのだと思う。江國香織の物語に出てくる完璧で優しい、物腰の柔らかな彼や夫たちに主人公たちが苦悩しやがて捨ててしまうのと同じように、わたしもいずれはそうなってしまうのだろう。みずから孤独を求めているのではなく、本来あるべき姿になるために。

 

今日は素晴らしく甘く芳醇な香りを放つ葡萄と梨を口にした。葡萄はとりわけ甘く潤っていて、魅了され、完璧にわたしを満たした。この果物のようにわたしを満たす人間はいないと思う。瞬間毎にすべては過去になり、人間は一貫することがない。

 

わたしは穏やかな日々を過ごしたいだけなのに、少しも変わらず幻想的な夢と甘やかな手に溺れる。音楽に携わるには感情が揺さぶられなければならないと師は言う。すべての物に揺さぶられたら、引き裂かれてしまうのではないか。

 

今日も雨だれは夜を濡らし、冷えた空気に煙が溶け、足元は血だらけになる。雲の群れが東を目指して流れていく。明日への床には棘が這いずり、痛む足を休める場所はない。