カフェ小話。
カフェアルバイト時代で記憶に残っていること。
10年以上ずっとそこでアルバイトをしていて、「出来る人」という枠を超えて神さまのように崇められていた大ベテランさんがいた。
手を抜いていないのにとても速かった。そして丁寧だった。働いているときはなかなか笑顔も見せず、言葉で伝えることもあまりなく、ある時は灰皿でコンコンと音を立てて、これを並べてこいと指示されたこともあった。その日から彼と働くときはビクビクしながらも一生懸命耳を使うようにした。
グラスのラックが空になった、食器洗浄が終わった、ミルクが充分に温まった、サンドイッチが焼き終わった…見ずとも音で分かることが少しずつ増えていった。
気付けば、耳を澄ますことで何もかもを見ていなきゃいけない状態から解放されて余裕ができていた。オーブンの焼き終わりの音が聞こえて、洗い場からカウンターに行き、彼がカフェラテを作りながらあっためていたサンドイッチを出した。お客が押し寄せたせいでドリンクの伝票がズラリと並んでいるのに気が付いた。次に使うミルクベースを冷蔵庫から出す。その瞬間、彼の頬が緩んだ。とてもうれしかった。この時はじめて連携プレーが楽しいということを知った。
先輩はわたしが周りに気を配れるようになるまで待っていたのだと言った。「君なら気付けると思ってた」
退勤後、バックヤードの冷蔵庫にわたしの大好きなミルクレープが入っていた。青砥さんの、と下手な字でメモが皿に貼ってあった。