ひかりのなかで

あたたかくて穏やか

満ち足りた味

 

ジャックは塗装屋の見習いでした。まだペンキを触らせてもらうことはできません。余計なところに色がつかないようにマスキングテープを貼って、貼って、貼るだけで一日が過ぎていく毎日です。ペンキを使っていなくても、彼の黒い肌はピンクや緑や白で汚れ、まるで黒板になったような気持ちでした。

「おいぼうず、早くしろ」

それが大人たちが唯一ジャックに話す言葉で、怒りながらたいそう面倒な様子で、ジャックが貼ったマスキングテープごと、あらゆるものにペンキを塗っているのでした。今日は、ベンチ。今日も貼るだけ貼って、地べたに座り込みぼんやりしていました。カラリと晴れた真っ青な空と、冷たい風と、これからクリーム色になる古い木のベンチ。塗装屋の向かいには教会がありました。賛美歌が流れています。

「ああ、きっと、なかに入れば暖かいんだろうなあ」

古びたジャケットは袖が短くて、手首まで冷えてしまいます。これっきりしかないだぼだぼのジーンズも膝に穴が開いて、風通しがいいこと、いいこと。それでも毎年ジャックにはサンタが来ないことを知っていたので今年もなにもお願いしませんでした。

 

「やあ、ジャック」

丸い眼鏡をかけた、ひょろひょろのタカフミがコーヒーを片手に二つ持ってやってきました。脇には本を抱え、もう一方の手には紙袋を持っています。タカフミは遠くの国から勉強のためにやってきていて、お昼過ぎにはいつもこの汚れたガレージにやって来ました。

「あいかわらず、かい」

「そうさ、まだペンキは触らせてもらえないんだ。ありがとう」

 

 コーヒーを受け取ると、タカフミはコーヒーと本を地面に置き、紙袋をジャックに差し出しました。

 

「これ、貰ってくれないか」

「なんだいそれ」

 

覗き込むと、白いクリームがきれいに塗られた、ケーキがひとつ。いちごが上に乗っています。ジャックが知っているバターケーキとは全く違う姿でしたが、とてもおいそうでした。

「タカフミ、これはなんていうケーキだい?」

「ショートケーキだよ。日本ではこれをクリスマスにみんなで食べるんだ」

「へんなの、ショートケーキ、なにか足りない(short)みたいだ。それに今日はクリスマスじゃない」

 

 タカフミは大きな前歯を見せてクスクスと笑いました。

「足らないことないさ、むしろ満ち足りる味だよ。それに、当日じゃなくたって一足先にクリスマスを楽しめばいいじゃないか」

 

背後から仕事に戻れと怒号が聞こえ、ジャックはタカフミにもう一度ありがとうと言ってから、立ち上がりました。手に持った紙袋の中身がつぶれないように気をつけながら、満ち足りた味がどんな味か、想像しながら。