ひかりのなかで

あたたかくて穏やか

読み物

ねむい

「あっ、洗濯しなくちゃ」 自分の寝言で目が覚めた。でも洗濯しなくちゃいけないのは本当だった。起き上がって、寝ぼけたまま洗濯機の上の棚を探る。妙に軽いボトル。 「あっ、洗剤切らしてるんだった」 洗剤がないということに気づいたら、急にまた眠気が強…

ばあばの畳部屋

年末は大掃除。じいじが障子を張り替えているせいで、和室はガラス張りの温室みたい。冬の高い空がよく見える。ばあばが歯ブラシ二本と塩の入った大ぶりの瓶を持ってきた。わたしは畳に寝っ転がったまま、読みかけの本を逆さに置いた。 「ばあば、塩なんか持…

神様の遊び

落ち葉降る境内、狛犬の横にちいさな男の子が座り込んでいる。ゲーム機を両手に持って、カチャカチャと音を立てている。プラスチック特有の軽やかなその音につられて、神様が本殿の扉からひょっこりと顔を出す。 「なにしているの?」 「あっきつねさん。ぼ…

穏やかな落下

青々とした草原がどこまでも続いていて、山も川も街も家も見えなかった。極彩色のワンピースが膝のあたりを撫でる。どの方向に歩いていけばいいのかどこへ歩いていくのかすら分からない。風がそよいで長い髪がなびく。途方に暮れているのに気持ちはすっきり…

学生最後の冬

居間のテレビからお天気お姉さんの声が聞こえる。そっか、明日、雪が降るのか。講義、休みにならないかな。台所にジュースを取りに行ったら母さんが洗い物をしていた。 「祐介、ジュースの前にお風呂入りなさい」 「うん」 ぼくは「お風呂に入りなさい」とい…

夢見る少女A

週に5回。朝の三時半に起きて、始発の電車に乗り、明るみ始めた空を窓から眺めながらまだ誰もいないお店へ行く。お店のガラス戸は鍵が下の方に付いていて、しゃがんで開ける。玄関マットが朝露に濡れて冷たい。中へ入ると、誰もいないしんとした椅子とテーブ…

満ち足りた味

ジャックは塗装屋の見習いでした。まだペンキを触らせてもらうことはできません。余計なところに色がつかないようにマスキングテープを貼って、貼って、貼るだけで一日が過ぎていく毎日です。ペンキを使っていなくても、彼の黒い肌はピンクや緑や白で汚れ、…

明日天気になあれ

それは、ざんざん降りの雨続きの月のことでした。そうっと、ゆうまくんは教室の窓の外を覗きました。広い校庭の向こうの方には高い錆びた柵があって、その向こうには小川が流れていて、その奥には暗い、暗い、「踏まずの森」がありました。そこには誰も入っ…

手遅れな飲み物

ココアを作る。キッチンに立って、ミルクパンに牛乳を少し入れてあたためて、ココアパウダーを少しずつ加えて練っていく。お砂糖を入れたところで、本を読んでいた君が後ろからわたしの腰に手を回し、首筋に顔をうずめる。 「本、読んでたんじゃないの?」 …